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研究/レポート

 NGNと事業組織体制

NGNの実現で変わる
キャリアの事業構造と役割

 Arthur D. Little ジャパン

 TIME(Telecom/IT/Media/Electronics) Pracice 松岡良和(まつおか・よしかず)

 
NGNの実現は、ICTの世界では「産業革命」に匹敵するほどの転換期と捉えられている。技術面の解説はその分野の専門家に委ねることにして、本稿では通信事業者に求められる抜本的な変革、今後のビジネスモデルや役割について、大胆な予想を試みる。
  

 現在、各国の通信事業者や機器ベンダーは、NGNの実現に向けて、標準化活動や研究開発を積極的に推進している。一方、通信の分野でも先進国といえる日本の大半のユーザーは、既に提供されているサービスの品質や機能に一定の満足感を得ているように見える。それでもNGNに向けた動きは、ユーザーの知らないところで着々と進められている。なぜか。その動機は大きく以下の2点に集約できるだろう。

 

1. 既存事業モデルの限界打破

 元来通信事業は、世界的に見ても国営の電話事業を起点とし、国家が決めた課金方式やルールをそのまま継承した形で事業モデルが成立している。いわゆるトラヒックビジネスであり、従量課金制がその典型である。
 このモデルの場合、右肩上がりの成長が持続される条件は、@ユーザー数が順調に増加し続け、A魅力あるコンテンツやアプリケーションサービスの登場により、トラヒックが増大することに求められる。
 ところが(A)市場が成熟化し、(B)料金が定額化されるステージに突入すると、この条件が崩れる。将来の収入の上限が「予想ユーザー数×予想ユーザー単価(ARPU×12カ月)×予想市場シェア」で規定されてしまう。既存の事業モデルを継続する限り、マーケットからの料金値下げ圧力が加わり、徐々に収入が縮小していくことになる。
 こうしたことから近年、各社とも「非トラヒックビジネス」を模索してはいる。だが、長年伝統的なトラヒックビジネスに甘んじてきたため、本業に貢献するほどの収益源を確立しているプレーヤーは存在していないのが現状だ。
 NGNの到来は全てのキャリアに発展を約束するものではない。だが、世界のキャリアは、網の形態やパフォーマンスの根本的な刷新と、その上に展開される新たなサービスの可能性に、次世代の事業モデルを確立する起爆剤としての期待を寄せている。別の言い方をすれば、「自他共に認める“腰の重さ”を解消するよい機会」とNGNを捉えているのではないか。

  

2. 低コストネットワークとサービス高度化の両立

 欧米諸国では固定電話、モバイル、ブロードバンドがそれぞれ個別に誕生し、同一企業グループ内の別組織で事業運営がなされてきた。このため網の整備と運用面における不採算性や、サービス開発・提供面での非効率が長年指摘されていた。
 日本も同様である。固定電話、モバイル、ブロードバンドはそれぞれ別モノとして成長・発展してきた。NTTグループは分離・分割という歴史的な背景を背負い、KDDIグループは数度にわたる合併を経て、現在の組織、ネットワーク形態、サービス提供体制に至った。そうした事業環境の下で、ネットワークの低コスト化とサービスの高度化を、いかに両立するかが宿年のテーマとされてきた。
 然るにNGNでは、ネットワークは効率性の高いIPベースのパケット交換網へ生まれ変わる。最近特に注目されているIMS(IP Multimedia Subsystems)が整備されれば、ブロードバンドやモバイルといった物理的なアクセス手段に依存することなく、かつてないシームレスで高度なサービスが実現できると期待されている。いわゆるFMC(Fixed Mobile Convergence:固定移動融合)サービスが、ユーザー視点に立脚した形で提供されることになる。

 

3. ユーザー視点に立った組織編制

 以上、想定されるキャリアサイドの期待や思惑に沿って、NGNの意味合いを考察してみた。ただし前述の2つの意味合いは、NGNを技術的に実現するだけで自ずと入手できる類の便益ではない。通信事業者自身の質的な変革を伴って、初めて達成できる成果である。 では、どのような変革が望まれるのだろうか。日本国内において、NGNがキャリアに突き付ける課題は、第1に「ユーザー視点に立った組織編制」への転換だと言える。

 NGNが実現されるということは、見方を変えれば固定電話、モバイル、ブロードバンドといったこれまでの通信サービスが、アクセス手段以上の意味を持たなくなるということだ。アクセス手段の先の世界がIPで統合化され、その上で展開されるサービスも、アクセス手段に依存しない形で統合される。これをひとつの到達点と考えれば、現在のNTTグループのようにインフラの違いのみを根拠とする縦割り組織では、NGNの世界に対応できない。

 もちろん現在のNTTグループの組織体制は、独占回避・競争促進の観点からグループ全体の力を削ぐことに主眼を置いて編成されたものだ。ユーザーの便益やNGN時代の到来等は視野に入っていなかったはずだ。現在熱い議論が展開中の再々編問題においては、NGN時代のサービス像やユーザーの便益を勘案した形で、答えを出して欲しいと思う。

 今後のサービス提供体制のあるべき姿を考えるとき、ドイツテレコムグループやフランステレコムグループが採用している「顧客別組織編成」が参考になる(図)。欧州に拠点を置くキャリアグループが近年積極的に採用しており、NGNの到来に先立って、顧客重視・カスタマーケアの観点から導出された点に価値がある。

 この組織形態では、インフラの視点に立った従来の組織編制を払拭し、一般コンシューマー向け事業者、法人向け事業者といったように、ユーザーのタイプに合わせて組織を再編する。各々の事業者は自らが担当する顧客セグメントに対して、固定電話、モバイル、ブロードバンドといったネットワークサービスや、関連するソリューションを一括して提供できる体制を指向する。

 但し現時点では、各キャリアともまだ手探りの試行段階にある。法人サービスのみ組織を一本化したり、インフラ別組織を保ったまま、グループ内でバーチャルに顧客別組織を実現していたりと、まちまちの状況にある。

 それでも今後は、この潮流が日本を含む他の地域にも展開されていくと思われる。一企業の中に全てのアクセス手段を所有している事業者も、同じ道を歩むだろう。既にKDDIでは、この考え方に近い組織編制を内部で整備している。

 

 

図.ドイツテレコムグループの事業組織体制の変革

通信市場の競争が激化する中、技術指向から顧客志向への改革を図るため、

ドイツテレコムは2004年に製品別事業組織を市場別事業組織とへ改変。

 

 

4. 価値提供“機軸”の変革

 第2の課題は「価値提供の“機軸”」を変革することだ。

 NGNによって利用できるサービスに有線・無線の区別がなくなってくると、インフラとしてのネットワークの高度化は、今ほど意味を持たなくなる。NGNは「産業革命」になぞらえられるほど巨大なイノベーションであり、その期待効果が長期間持続するからだ。次の大変革が訪れるとすれば、有線の概念が完全になくなるとか、IPというプロトコルを遥かに凌駕する技術の出現を待たねばならないだろう。

 そうなると、今後のキャリアの重要課題は、「自らが提供する価値の“機軸”をどこに置くのか」という点に絞られてくる。ネットワークが高速でシームレスであることは当たり前となり、そうした環境を提供するだけでは、前述の「既存事業モデルの限界」は打破できず、マーケットからのコストダウン要請に受身で対応するだけの後ろ向きの変革となってしまうからだ。NGNの上で展開されるサービスが高度化・多様化される一方で、自らが提供するインフラがコモディティ化し、結果として通信関連サービス全体におけるキャリアの貢献度と地位が低下してしまう。そんなシナリオは、キャリアにとっても容認できないものであるはずだ。

 では、そのシナリオを回避するために、キャリアは今後の価値提供の“機軸”をどこに求めるべきだろうか。筆者は、「ユーザーサイドの通信ライフを質的に向上させるために、ユーザー自身を『マネージ』し、『サポート』していくこと」だと考える。このことが、インフラ提供よりも前面に押し出されるべき価値になり得ると考えている。

 理由は2つある。 @NGNではユーザーの判断能力を超えたレベルで、多種多様なサービスが展開される。 A各々のサービスは、従来よりも上位の専門分野ごとに洗練されたものとなり、キャリアが保持してきた専門性や得意分野とはますますかけ離れた価値を実現するようになる。

 NGNとその上のサービスの多様化・高度化が進展すれば、通信に対するユーザーの依存度は一層高まる。従来リアルの世界で完結していた分野が次々とネットワーク上に展開可能となるし、個々のユーザーが利用できるサービスの選択肢も格段に増加していくからだ。

 そうなってくると、1人1人のユーザーにとって何が最適なサービスなのか、自分自身はネットワーク上でどのような意思決定を下すべきなのか、といった判断が非常に難しくなる。適切なナビゲーション抜きでは、自分の判断に自信が持てなくなる。大袈裟に聞こえるかもしれないが、ユーザーサイドにこれぐらいの変化が起きなくては、そもそもNGNを実現する意味がないのではないか。

 こうした問題の解決には、「個客」マネジメントの仕組みが不可欠になる。マスを対象にしたポータルサービスや、個別のサービスサイト毎に提供されているレコメンデーション機能を遥かに凌駕する仕組みである。個々人の嗜好やその時々のシチュエーション、顕在化・潜在化しているニーズを総合的に捉え、適切な意思決定を支援する「エージェント機能」の提供がその中心となる。 こうしたエージェント機能を考えるとき、提供者がキャリアであるとしたら、大いに妥当性が容認されるであろう。個別に展開される上位サービスとは離れた、中立的な立場の事業モデルでなければ成立しないからだ。もちろん、広告収入で成り立つポータルサービスとも一線を画す役割となる。 長年、固定・モバイルを問わず、魅力あるサービスの登場とニーズの関係は「鶏と卵」に例えられ、結局のところ「電話とメール」に匹敵するキラーサービスは登場してこなかった。是非ともNGNでは、キャリアがまず先にエージェント機能を提供することを願う。それが契機となって、然るべきプレーヤーによる積極的なサービス開発と、ユーザーの通信サービス利用が促進されることを期待したい。

 

5. まとめ

 以上、個人的な持論を展開させて頂いた。

 NGNはキャリアサイドの技術論ではなく、ユーザーにとって意味のある“事件”とならねばならない。それには、キャリア自身の存在意義を再定義することが出発点だと思う。

 日本には多種多様なキャリアが存在し、それぞれの歴史的背景や独自性が、時に強みとして発揮される場面も確かにあった。今後はNGN時代の到来を目前に控え、ユーザーとの間にどんな関係性を築けるかが、競争優位の分かれ目になると考える。

  

 

(まつおか・よしかず)