インタビュー
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SaaSはキャリアの分かれ道
津田邦和
ASP・SaaSインダストリ・コンソーシアム 常務理事 Kunikazu Tsuda |
ASP・SaaSへの期待と、ベンダー各社の競争は過熱する一方だが、通信事業者のビジネスにはどのような影響を与えるのか。ASP・SaaSインダストリ・コンソーシアム(ASPIC)の津田邦和常務理事に話を聞いた。
グーグルやマイクロソフトなどIT業界の巨人たちも本格参入し、ASP・SaaS市場は今、ITベンダーたちの主戦場となっています。現在起きている状況をどのように理解すればいいのでしょうか。
インターネットの歴史は米国国防総省の「ARPANET」から始まったわけですが、インターネットで可能なことは最初、情報の伝達―「通信」だけでした。それが1980年代後半、ティム・バーナーズ・リーがWorld Wide Webの仕組みを考案したことで、世界中に無数のWebサイトが生まれます。いろいろな人が情報を発信し、またそれを閲覧できる「メディア」にインターネットはなったのです。「伝える」から「見る」への変化ですね。
その次に起きたのがWebのバックワードの変化です。例えば、航空会社のWebサイトでは、90年代後半頃からサイト上で航空券の予約ができるようになりました。Webの裏側にプロセッシングの仕組みが導入されたのです。
「伝える」だけではない。情報をただ「見る」だけでもない。「処理する」という仕組みが加わったことにより、ネットを介してワープロもできる、財務会計もできる、何でもありのネットコンピューティング環境になったのです。これがASP・SaaSの始まりの1つであり、この流れが止まることはありません。
「SaaS」という新しいブランド名を得たこともあり、ASP・SaaSへの期待はうなぎ上りです。ただ、過去を振り返れば、ASP・SaaSに対する評価には大きな浮き沈みがありました。ここ最近、ASP・SaaSに対する期待が、再び過大になっている気も少しするのですが。
マスメディアの論調は、過大評価と過小評価かのどちらかに傾くことがよくあります。2000年前後、マスメディアはASPを大きく持ち上げていましたが、当時はまだISDNが主流の時代です。その時期の記事の内容は、明らかに実態とはかけ離れていました。これでは実態を知ってがっかりするのも当然です。その後、過小評価の時期が続きましたが、現実にはその間もASP・SaaSの市場と技術は着実に前進していました。
ASP・SaaSは、水道や鉄道などと同じ、社会インフラになるものです。社会インフラというのは、そんなに急激に普及するものではありません。また急激に落ち込むということもあり得ません。今後もマスメディアの評価は揺れ動くでしょうが、必ずASP・SaaSは着々と普及していくと思います。人々のネットワークへの要求には、止まるところがないのですから。いずれはほとんどの企業や個人が利用しているようになっているでしょう。
低下する「通信」の付加価値
ASP・SaaS市場には、通信事業者も強い意欲を見せています。通信事業者にとって、ASP・SaaSの普及はどのような意味を持つのでしょうか。
ポジティブとネガティブ、両方の面があると思います。
ポジティブな意味とは、付加価値の拡大につながるということです。単なる「通信」の市場規模は今後も拡大するとしても、その付加価値はかなり小さくなっています。一方、ASP・SaaSの付加価値は粗利率でいうと50〜90%。ASP・SaaSをうまくアドオンできれば、利益を大幅に伸ばすことが可能です。
次にネガティブな意味ですが、躊躇していると、通信の付加価値すら乗っ取られかねないでしょう。広告やASP・SaaSの付加価値をバックに、通信料金を表面上無料にするASP・SaaS事業者も出てくるかもしれません。ASP・SaaSの付加価値が高まる反面、通信の付加価値は下がっていくのですから、マーケティング戦略上、そのようなことは十分あり得ます。
エネルギッシュに取り組む通信事業者にとってはASP・SaaSは大きなチャンスですが、防御に回るだけでは非常に危険です。通信の上にどのような付加価値をアドオンするのか。それが今後の分かれ道になるのではないでしょうか。
通信事業者は、具体的にどのような付加価値を提供すればいいのでしょうか。
ASP・SaaSで提供されるのは、財務会計などのアプリケーションだけではありません。ミドルウェア、セキュリティ、フィルタリングなど、すべてのコンピューターソフトウェア群がASP・SaaSには含まれます。
そのどの部分をやるのかについては、1つの事例として、NGNでの議論があげられます。あまり上位に踏み込むと軋轢を生むでしょうし、下の方ばかりでは付加価値が高くない。通信事業は規制産業なので、NGNの展開について私はコメントする立場にはありませんが、一般論として言えば前述の通り、レイヤが高くなるほど付加価値も高まります。
効率性に勝る通信事業者
多くの通信事業者はすでにASP・SaaSへの取り組みを始めていますが、ビジネスとしては、まだまだこれからです。通信事業者にとっては不慣れな新事業という面もあり、「ITベンダーなどと伍しながら、本当に軌道に乗せられるのか」という懸念もあります。
ASP・SaaS事業を展開するうえで、企業として足りない部分があるのであれば、M&Aやアライアンスをすればいいのです。昨年、米国の大手ITベンダーたちは何社、企業を買収したでしょうか。資本の自由化が進んだ現在、企業が変質するスピードは大幅に上がっています。もちろん規制を受けている公共性の高い企業は、自分たちだけでは決められませんが、企業はどんどん変わっていくものです。
さまざまなプレーヤーが入り乱れるASP・SaaS市場で、通信事業者は何をアドバンテージに戦えばいいのでしょうか。
それは簡単です。「規模の経済」によって生まれる高い効率性が通信事業者のアドバンテージです。
交換機がサーバーに切り替わり、通信事業者の業態は“交換機屋”から“サーバー屋”へと変わりました。つまり、通信事業者の場合、設備、場所、人、運用保守のノウハウなど、ASP・SaaS事業に必要なものは、基本的にほとんど揃っています。ですから、あとはASP・SaaS用のソフトウェアとハードウェアを少し付け加えるだけと非常に少ない追加投資で、きわめて効率的にASP・SaaS事業を展開できるのです。通信事業者がASP・SaaSに意欲的な背景には、こうした理由もあります。
付加価値の高いASP・SaaSは、多様な技術が組み合わさった複合的なサービスであるため、市場にはあらゆるプレーヤーが集まってきます。当然、レイヤをまたがった業界再編も進展していくでしょう。